地域の中での「いきづらさ」

こんにちは。

二日市院長の岩田です。

 

今日は雨ですね。

ジメジメして少し暑苦しい日が続きますね。

雨に濡れて、風邪をひかないよう

お身体、お気をつけください。

 

平成30年5月22日(火)午前にお休みをいただいて、

地鎮祭を行いました。

「雨降って地固まる」という諺があるように、

地鎮祭の際に、雨が降るのは縁起が良い(?)ようですが、

当日は、晴れでした(苦笑)。

 

地域の神社の神主さんに来ていただいて、地鎮祭を行い、

工事を開始する挨拶にご近所を、

工事担当の方らと一緒に周ったのですが、

なかなか居られず・・・(居留守もあったかもしれません。)、

ほとんどが、ポストに挨拶の紙と粗品を入れる作業でした。

 

直接、挨拶をしなくても済んだことで

内心ホッとした面もありつつも、

どこか寂しいような・・・。

 

ただ、一軒、応対いただけたのですが、

その際、「周りの人も変な人がおおかもんね」と

冗談交じりに言わたのですが、

どこか、こころに引っ掛かりを感じました。

 

日本は現在、核家族化や老々介護が課題となっており、

実家近くに住んでいても、

両親の力を借りることが難しくなりつつあります。

場合によっては、両親の介護をしなければならないケースもあります。

 

(東京)一極集中、人口減少、過疎化など

一部の地域(コミュティー)では、

いい意味でも悪い意味でも

地域に住む人との関係が希薄となり、

地域を支える力が落ちているところもあるように感じます。

 

育児などで悩まれている家族(特に母親)を

地域で支えていた部分もあったと思うのですが

そのような場所や人が不在となり、

そのようなサポートが行政に集中するようになった印象があります。

 

また、行政にそのようなサービスがある事を知らずにいたり、

知っていても、敷居が高く感じられ、

相談できなかったりと、独りでいろいろなことを

抱え込まれて、抑うつ状態となり

受診されるケースが少なからず、あります。

 

昔は、相談しなくても、地域の中に、

いい意味でも悪い意味でも「お節介」があって、

介入してきて、なんだかんだ憎まれ口をたたかれながらも、

「地域で人(特に子供)を育て、守る」という形が、

あったのかもしれません。

 

日本も多様化の流れで、「個人の自由」が強調され

地域での「お節介」ができにくくなり、

地域の「しがらみ」や「村八分」から解放された部分がある反面、

何かあった時は「自己責任」という時代になってきたように感じます。

 

これが「成熟した社会(?)」というものなのでしょうか?

 

人は独りで「いきていく」ことは難しいです。

 

「個人の自由」と「地域との付き合い」・・・・。

このバランス、本当に難しいですよね。

 

 

家族にも話せなかったり、何を話していいかわからず、

頼ったり、相談する相手もなく、

地域で孤立したように感じて、

漠然とした不安や、「いきづらさ」を感じている方もいます。

 

不安や「いきづらさ」を紛らわすために、

アルコールの力を借りる・・・・。

 

退職後、特に仕事一筋で、

家族との交流も乏しく、

趣味なく過ごされた方は要注意です。

 

アルコールに頼る代わりに

仕事や家族以外での、

地域と「ゆるい」関りを持つ意味合いで

趣味などをみつけてみてください。

 

地域との何らかの「つながり」を感じると、

もしかすると、その「いきづらさ」は

少し和らぎ、アルコールに頼らなくても

よいかもしれません。

2018年05月23日